カテゴリー: 展覧会

弥生美術館「ニッポン制服クロニクル」〜CiON「JAZZ SESCION vol.3」@コットンクラブ

遠征で上京してきた友人と昼飯。

夜のライブまで時間があるので弥生美術館の「ニッポン制服クロニクル 昭和100年、着こなしの変遷と、これからの学生服」に誘うと、「それ、知り合いがやっているヤツだ」という。

100年の制服の変遷をうまくまとめた展示。

監修の森伸之氏は1985年に『東京女子高制服図鑑』を出版した人で、それまで同人界隈でしか流通していなかったような情報が、一般書籍として登場した、当時としては画期的な本だった。私も買った。

展示は世相とのリンクが面白かった。

解説文も読み応えがあった。特に2000年代の着崩しスタイルの解説内の一文が印象的だった。

「時代が進み、 もはや誰かを威嚇する必要もなくなっていた生徒たちは、自分を可愛くカッコよく見せる制服を欲したのです。」

その後は、東京駅近くのコットンクラブでCiONのライブ。

いつもと違ったJAZZスタイルのライブ。

ベースやドラム、ホーンが追加されたバンドセットで、サックス担当のメンバーがフィーチャーされていた。

ゲストに多数の女性JAZZサックスプレイヤーが登場して、メンバーと共演する。プレッシャーのなかで頑張るという、アイドル的に正しい演出で、聞き応えも十分だった。

Screenshot

あと、ボトルで頼んだワイン「ドメーヌ・ミオランヌ ヴォルカン ルージュ 2022」が結構美味しかった。

「111年目の中原淳一」@松濤美術館

松濤美術館で「111年目の中原淳一」展。

戦前〜戦後にかけて女子向けのファッション誌を作るなどしていた

中原淳一の展覧会。

編集者&画家といったら良いのか。

本や絵だけでなく、再現した洋服の展示もあったりして面白かった。

昭和生まれの経験から想像するに、

戦前〜高度成長期以前の子供で

雑誌にあるようなファッションを実践できた子は

ほとんどいなかったと思う。

昭和の時代は

たべものとかファッションとかおもちゃとか、外国とか、

本で読んで想像するだけの

楽しみが多かった。

あの時代に戻りたいとは思わないが、その時はそれで十分楽しかったりした。

ももクロ春の一大事2024 in 亀岡市〜笑顔のチカラ つなげるオモイ〜 after day1

ライブ明けの居残り月曜日。

今日からは定宿?のエルシエント京都に移動。といっても歩いて数分である。

亀岡への通過点にある嵐山に行ってみる。

嵯峨嵐山の駅で降りる。

平日なので、周りはほぼ外国人だけ。

それでも結構な人数なのだが、

トロッコ列車の当日券が買えるくらいだから

このエリアとしてはかなり空いている状態なのだろう

とりあえずお寺巡り。

天龍寺内には複数の寺がある。

弘源寺。幕末にここに陣取った九州の藩士が試し切りをしたという柱の傷があったりした。

慈済院。天井に龍。

宝厳院。お庭が綺麗。しかも空いていた。

庭でおじさんからスマホのカメラが動かないと、突然のユーザーサポート依頼。

androidはよく分からないが、リセットで直った。

そして天竜寺。背景の山も含めて立派な庭。

竹林の小径にも行ってみたが、さすがに人が多くてそそくさと通り過ぎる。

適当なところで京都市内に戻り、友人と待ち合わせ。

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2024」という写真展に行った。

KYOTOGRAPHIE市内のいろいろな施設やギャラリーを使って行われる有料・無料混在のサーキットイベント。

普段は写真展をあまり見たことがないので新鮮だった。

内容は写真だけでなく、立体も含めた展示もあったりして幅広い。また、撮影可能なところが多かった。

展示会場は、町屋とか昔の学校とか歴史的な建物が多く、ついつい写真よりも建物に興味が行ってしまう。やっぱ京都つえー。

夕飯は、スペイン料理屋。

お互い元気での再会を祝して、飲んで食って、たくさん話した。

特別展 中尊寺金色堂@東京国立博物館

遠征居残りの友人と上野をぶらぶら。

今年は岩手旅行の計画があり

ちょうど国立博物館で中尊寺金色堂の展示をやっていたので

見ていくことにした。

おそらく現地にいってもちゃんと見られないであろう

仏像やらなんやらをいろいろ見ることができた。

もちろん撮影不可だが、模型だけはOKだった

昼飯はせっかくなので精養軒に行って見る。

子供の時いったことがあるような、ないような。

高級そうなイメージがあったが

中は昭和のレストランという感じ

大人のお子様ランチというメニューを頼んだ

結構ボリュームがあった

まだ新幹線まで時間があるので

谷中まで散歩して

日暮里で一杯やって解散。

兵馬俑と古代中国@上野の森美術館

上野の森美術館で「兵馬俑と古代中国」。

なんとなく行ってみた。

上野の森美術館はそんなに大きくないと思ったけど

どんな感じになるのかと思っていたら

やっぱり割とコンパクトな展示だった

時代を遡る感じで最後に兵馬俑の像達がある

まぁ最初にメインの大きいヤツを見ちゃうと

あとのは興ざめしちゃうというのも分かる。

兵馬俑の像は初めてみたのだが

やっぱりこれは大量に並んでいてこその

モノだと思った。

本物が目の前にあるのに

背景の現地写真や映像に目を奪われてしまう

撮影可だっだのでパチパチ撮った。

台湾有事とかになったら

こういう展覧会も出来なくなるんだろうなぁ

上野の森は久しぶりなので周りの神社など散歩する

観光バスが来ていた

人はまだ多くはないが

だいぶ明るさが戻ってきた

ランチに石焼きビビンバ。近所の韓国料理屋が閉店したので久しぶりに食べた

帰りに秋葉原に寄って電子パーツを購入。

仙台〜塩竃

ももクロoringツアーの宮城・涌谷公演のチケットが当たったので前乗りで仙台へ。

originツアーは全国の割と小さなところを回るツアーで

チケットは地元優先なのだが

今回は席に余裕があったようで他県の人間も申し込めた。

10時頃のはやぶさで昼前には仙台着

政府の旅行推進策もあってか仙台駅はコロナ前のような賑わいだった

コインロッカーに当面要らないものを預けて身軽になる

ロッカーもかなり埋まっていた

明日の会場となる涌谷は無人駅なので

往復切符をみどりの窓口で買った

実は自販機でも買えたと後で知る

今回の観光は塩竃にした

仙台から仙石線の本塩竈まで1時間くらいで行ける

名物は寿司で、かつては塩の産地、鹽竈神社という名所もある

観光地だけ会って立派な駅だった

まずは腹ごしらえというわけで

観光案内所で寿司屋の場所を聞く

寿司の街というだけあって寿司屋はたくさんある

どこがうまいかと聞くと

「ここでは美味しくない店はやっていけないので、どこでもだいじょうぶ」と言われた

駅から近いブロックに寿司屋が固まっているところがあるので

行ってみる

ひととおり見ると、あきらかに一軒だけ駐車場に車が多い

どことなく人気店オーラも出ていたので

「すし哲」に入ってみる

あとで聞いたがやはり人気店だったらしい

観光地の人気店らしいテキパキとした接客で

カウンターに通される

よく分からないので

セットの高いヤツを頼む

といっても5000円くらい

寿司は確かに美味かった

地方の寿司はネタ勝負みたいなところがあるが

ここはネタに加えて技術でも勝負してる感がある

さすがは寿司の街というだけある

デザートのシャーベットも自家製で美味かった

あと観光案内所でもらったクーポンを出すと

ちゃんとした握りが1貫オマケでついた

満足したので鹽竈神社に歩いて行ってみる

同じ敷地に鹽竈神社と志波彦神社がある

塩竈神社の方はどうも創建時のことはよく分からないらしい

とはいえ伊達家に大事にされていただけあって

立派な神社であった

私は期せずして駐車場方面からゆっくり上ったが

正面の参道からくると結構な階段を登ることになる

私は降りただけだが膝に来た

まだ時間があるので海に向かって歩くことにする

途中、杉村惇(じゅん)美術館に寄ってみる

東京出身で塩竃に移り住んで美術家の作品を

公民館の一部を使って常設美術館にしている

規模的にはギャラリークラスなのだが

コンパクトでモダンで良い雰囲気の美術館だった

となりのスペースでは

「仮装で菓子めぐり」というイベントがやっていたり

1Fでは子供向けのワークショップをやっていたり

楽器の練習の音が聞こえてきたりと

よい感じの空間であった

少し歩いて御釜神社にいく

鹽竈神社の資料館のビデオで見た神事

宮城県無形民俗文化財『特殊神事 藻塩焼神事』

をやるところだ。

毎年、7月に海の水から塩を作って奉納する儀式

儀式に使うお釜は倉に収められていて

見えないが

煮詰める竈とかはビデオのまんまだった

駅を通り過ぎて塩釜港に行ってみる

ここから松島の観光船とかに乗れるらしい

松島は3年前に行った

Youtubeで塩釜港の津波映像を見たことがあったので

現地に行くとなんとも言えない気分である

海のすぐ近くには空中廊下的な津波避難デッキが作られていた

これは避難用だけでなく、見晴らしが良いので観光施設としても役に立つなかなか良いモノだとおもった

旅客ターミナルの「マリンゲート塩釜」に行ってみる

お茶でも飲みたかったのだが

店はどこも閉まっていた

しかし屋上からの眺めは良かった

景色を台無しにするパチンコ屋の看板

塩釜の人の気質なのか

マリンゲートの文化なのか分からないが

とにかく施設内は張り紙で埋め尽くされていた

ぼちぼち日が暮れてきたので

仙台に戻ることにする

帰りの仙石線は石ノ森章太郎列車だった

今回の宿は仙台ビジネスホテル駅前

駅前と言っても駅からちょっと歩く

イマドキ珍しい物理キー

装飾を排した

ほんとうにビジネスホテルという感じの宿だった

夕飯前に東急ハンズにガメラを見に行く

特撮のDNAとのタイアップで

映画の舞台となった博多、仙台、東京で

ポップアップショップを展開していた

せっかく仙台に居るのだから見ておきたかった

店頭にぽつんと置かれている感はあったが

物自体はたいへんに迫力があった

ガメラを見ているうちに

ホテルで紹介されたような飯屋はあらかた埋まってしまった

もう名物でなくてもいいかなーと

PARCO内の適当な店に入る

期待はしていなかったが

クラフトビールとか

定義山の三角油揚げとか

牡蠣フライとか普通に美味かった

私が入ったときは空いていたのにみるみる

並ぶ人が出てきて

仙台の飯は大変だなぁと思った

毛利氏庭園

防府観光の締めは毛利氏庭園である

入り口から庭園・邸宅まで結構あるところが

豪邸感があって良い

庭園の方はかなり広い

明治期なので和洋折衷感がある

毛利と言えば戦国時代の中国の覇者であるが

この庭園は明治〜大正あたりに作られたらしい

団体客のガイドさんの話を横から聞いたところによると

明治期に天皇が全国行脚をしたことがあり

その宿として、全国各地の名士がこぞって立派な家や庭園を立てたらしい

この毛利庭園と邸宅もそのひとつ

他の地方との見栄の張り合いでどんどん豪華でコストが上がっていった

という話が楽しい

毛利氏は建物の出来にちょっと不満だったらしい

まぁそれはちょっと分かるというか

確かに天皇陛下が泊まったという部屋でも

ちょっと高級な旅館という感じで

豪華、という感じではなかった

周防国分寺

防府天満宮から東に歩いて周防国分寺に。

周防国分寺は、天平13年(西暦741年)聖武天皇の勅願により、国ごとに建てられた官寺のひとつで、創建当初の境内に今も伽藍を残すきわめて珍しい例として知られています。
 境内地は国の史跡に指定されており、また重要文化財の金堂には、藤原時代初期の木造日光・月光菩薩立像をはじめ多くの仏像、宝物があります。
 平成9年から平成16年までの8年間に及んだ金堂の「平成大修理」を終え、周防国分寺の歴史が再び歩み始めました。千二百年におよぶ周防国分寺の歴史をどうぞご堪能ください。

http://www.suoukokubunji.jp/

さすだに1200年前の寺だけあって、年期が入っている。

見学料を払って本堂に入ると録音で説明が聞けた

先客とは入れ替かわりでここでも貸し切りだった

本堂には所狭しと仏像が並べられていた

防府天満宮

防府駅から防府天満宮まで歩く

よく晴れていて結構暑い。日傘持ってきて大正解。

「防府天満宮表参道」を通っていくが

仲見世通り的なお土産やが立ち並ぶわけではなく

普通に日常生活用の商店街だった

ここに限らずだが地方を歩くと空き家が目についてしまう

道はずっと平坦。

しばらくして山をバックに鳥居が現れた

鳥居をくぐると蚤の市的な出店が並んでいる

ちゃんと観光客向けの「まちの駅うめてらす」という施設もある

地元の神社と観光地が混じったような雰囲気である

入ってすぐの酒樽神社の賽銭箱はでっかい酒樽

石段を登っていくと

天神様の本堂が現れる

スピーカーがらは雅楽の音色

さっきまでの地元神社感は消え

立派な天神様であった

奉られているのは菅原道真。

なんでも太宰府に飛ばされるときに

船で最後に寄った本州がここ防府だったそうな

彼が亡くなったときこの地に神光と瑞雲が現れ

きっと魂が帰ってきたに違いないといって

天神様が作られたらしい。

当時の道真の人気っぷりが感じられる。

三連休の最終日にしてはちょっと人出が少ない気もするが

まだ午前中だからかもしれない

お宮参りの人やご祈祷を受ける人など

みんな観光客というより地元民っぽい

お参りを済ませて境内を巡ると

春風楼という古い建物があった

なんでも五重塔を建てようとしたがやっぱり止めて低い建物にしたそうだ

山の上に向かって伸びる道があるので

上ってみる

あとで分かったことだが天満宮の上は

天神山公園という森林公園になっていた

しばらくいくとコンクリ作りの展望台があった

誰も居ないと思ったら

てっぺんにおじさんがひとり居た

挨拶をすると

そそくさと下っていってしまった

なんか独りの時間を邪魔してしまったようで

申し訳ない感じである

さらに上っていくと登山道に出た

少し分け入ってみたのだが

道が荒れていてちょっと気軽に入れる感じではなかった

他にも複数の登山道入り口を覗いてみたが

藪漕ぎになってしまいそうなのでやめておいた

しかし、京都に続いてちょっとしたハイキングを楽しめた

他にも茶室のある日本庭園なども見学できた

昼飯は天神様近くの蕎麦屋で。

蕎麦屋の前は山頭火の資料館だったが

俳句はさっぱりなので遠慮した

中津

北九州ロックフェスの前乗りの金曜日

小倉、下関は2019年に来た時に

結構観光していた

小倉城

松本清張記念館

門司港

関門トンネル人道

関門橋

赤間神社に行っていないのは我ながら手抜かりだったが。

今回は小倉からちょっと足を伸ばして

大分の中津に行ってみることにする

黒田官兵衛が最初に作った中津城があるところだ

事前の調べで小倉から特急で20分くらいで行けるはずだった

しかし当日の経路検索で運行遅延の情報がでている

とりあえず駅まで行ってみると

トラブルにより特急の運行が1時間くらい遅れている

いったん入場してみたもののホームは結構な行列を成していた

急ぐ旅でもないのでいったん出場して

遅い時間の指定席を確保して

昼食を取ることにした

駅のフードコートの定食屋で

河豚のフライを発見

天ぷらは良くあるがカツは珍しいので頼んでみる

肉厚でなかなか食べ応えがあった

腹ごしらえを済ませてから

駅に行ってみると予約した列車は30分遅れで

到着予定となっていた

駅ナカをすこしぶらぶらして無事に指定席で

悠々と中津に向かった

私は中津城しか知らなかったが

行ってみると中津はなかなかの観光地らしかった

中津城や官兵衛ゆかりの場所以外にも

福沢諭吉の実家跡とか幕末に人体解剖をした村上玄水とか

歴史関係の名所が多い

山の方へ行くと耶馬溪という渓谷もあるらしい

駅も大きくて驚いた

とりあえず中津城に向かって歩く

街なかにはあちこちに中津ゆかりの人物の

説明書きがあったりして頑張っている

ほどなくして中津城が現れた

昔はもっと大きかったらしいが

今はコンパクトな敷地に収まっている

天守はコンクリ製の模擬。

中の展示はとにかくいろんなものを詰め込んだ感じ

展示に関しては割と何でもアリな雰囲気である

昔のものが残っている石垣は確かに見応えがあった

中津城の脇にある中津歴資料館

「土豪の城」という企画展をやっていた

中津にはもともと土着の豪族たちが居て、

結局は黒田官兵衛とかに平定されちゃったのだが

彼らの城跡を見つける活動が続いているらしい

中でも大きな山城跡のドローン撮影による

ビデオは迫力があって行ってみたくなった

少し歩いて福沢諭吉旧居に向かう

前には大きな駐車場があって

重要な観光施設だと分かる

旧居は材木でがっつり支えられていた

古い民家の保存とかは大変そうだ

併設の資料館は説明が簡潔でとても分かりやすかった

寺町を抜けて駅に戻ることにする

官兵衛ゆかり寺がいくつかある

円応寺にはカッパの墓があった

落ち葉の掃除をしているおばちゃんに

挨拶をしたら

観光客ですか?と訊かれたので

観光客ですと答えると

台風で来るのが大変だったろうとねぎらわれた

合元寺の赤壁はここで官兵衛が根絶やしにした

地元豪族の血痕がどうしても消えないので

赤色に塗ってしまったという笑えない由来があるそうな

台風の影響なのか中津でもずっと貸し切り状態で観光してしまった

ここのお寺さんもあまり商売っ気がないというか

賽銭箱も拝む場所もハッキリしないし

物販も見当たらない

まぁいろいろ難しいのだろう

再び特急で小倉に戻った

夜はハモ料理のセット

なんか旅館のメシみたいだ

夜は結構冷える

明日に備えて駅前のユニクロで薄手のヒートテックを買っておいた

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